膵臓癌治療 外科医の本音

膵臓癌治療 外科医の本音

癌に悩む患者さんにむけた、専門医の正直な気持ち

膵液瘻(すいえきろう)を知る  ①発生率

膵液瘻(すいえきろう)

 

一般の人にはまず縁がないこの言葉、

このブログをお読みの方は、ひょっとしたらどこかで聞いたかもしれません。

 

膵液瘻(または膵液漏)というのは、膵臓の手術後の合併症(トラブル)の一つです。

 

よく膵臓の手術は難しい、ということを聞くことがありますが、膵臓の手術が難しいことの最大の理由は、この膵液瘻という合併症の危険性があるからです。

 

膵液漏、という書き方のほうがより感覚的に分かりやすいかもしれませんが、

このトラブルは、手術をしてついた膵臓の傷から、膵液という消化液が”漏れる”ことに起因します。

 

膵液というのは、もともと非常に強力な消化液で、たんぱく質や脂肪といった、食事由来の栄養を分解するのがそもそもの役割です。

 

ヒトの体というのは、そもそもがたんぱく質や脂肪でできていますので、この強力な消化液が漏れてしまうと、漏れた膵液が自分の体の一部を分解してしまって傷つく、というのがこの膵液瘻の正体と考えられています。

 

膵液瘻は、膵臓の手術後、もっとも問題になる合併症と考えられていますので、膵臓の手術を行う前の説明では、この合併症について、必ず患者さんに説明があると思います。

 

膵液瘻が大きな問題である理由は

① 発生率が高い。

 

② 大出血、死亡などの重大な転帰につながることがある。

 

③ いったん起きてしまったら、特異的な治療がない。

 

こんなところでしょうか。ろくなことがありません。

 

というわけで、患者さんにこの合併症の危険性についてくどくどと説明したら、

多くの患者さんはびびってしまって、

 

やっぱり手術やめようかな、、、、 と思ってしまう人もいるかもしれません。

その辺を考慮して、結構あっさり説明する医者もいますし、昨今やかましい医療訴訟のことなども考慮して、本当に厳しく(過剰に)説明する医者もいるように思います。

 

どちらにしても、”膵液瘻”が膵臓の手術において最大の課題の一つであることは間違いありません。この合併症をできるだけ正しく理解することが、膵臓癌治療の理解、ひいては納得いく治療につながると思いますので、特に①、②、③の点について簡単に説明させてください。

 

余談ですが、筆者は外科医ですが、研究活動では特にこの膵液瘻の研究に力をいれています。(ここには自分の信念があります。また説明できたらと思います。)

 

① 発生率が高い

まずは、発生率を知ることが非常に大事だと思います。

一般的には 

膵頭十二指腸切除術で10-20% 

膵体尾部切除術で20-30%

くらい、と報告されていることが世界的にみても多いように思います。

ちなみに私が所属している大きな大学病院(日本人なら誰でも知っている有名な大学だと思います)でも、だいたいこのくらいです。

 

この数字、多いと思いますか?

私はめちゃくちゃ多いと思っています。

 

これでもここ10年くらいでいろいろな治療の進歩があって、だいぶ減っていると思いますが、

昨今様々な手術方法の向上があって、私の所属する消化器外科の領域では、多くの疾患で、通常の予定手術はトラブルなく受けられるのが普通、といった空気感になってきています。(もちろんないわけではありません。術後トラブルが起きたケースでは多くが医療ミス、というのは、全くもってあたりませんので、この勘違いはぜひやめてもらいたいです。お互いのために)

そのなかで、10人に1人以上は、この厄介な合併症になる、というのはかなり高い数字という印象をもっています。

 

この膵液瘻の発生率は、施設によって差があります。大きな病院のHPでは、発生率を紹介して宣伝しているような病院もあります。

 

発生率が低い(高い)理由として考えられるのは

A 手術がうまい(へた)

B 膵液瘻の判定基準が厳しい(甘い)

C 膵液瘻の危険性が高い患者さんが少ない(多い)

 

などの理由が考えられます。Aはだれでも考え付くと思いますが、B,Cの要素なども考えられるのは、知っておいてもよいかもしれません。(そこまで手術前に説明する医者は全国さがしても多分いないと思いますので、、、)

 

いずれにしても、高いか低いかによらず、膵液瘻の発生率まで開示しているような病院は、基本的にちゃんとした膵臓手術のセンターであることが多いので、そういうところで手術を受けることを考えるのは悪くない考えだと考えています。

(多くの病院ではそもそも発生率なんて計算していないと思います)

 

なんで、発生率が高いのか。

 

膵臓というのは、基本的には豆腐のように身がつまった”実質臓器”です。(腸管などの管腔臓器の反対、という意味で)

膵液は、膵臓豆腐(膵実質)からしみだしてくるように分泌されるイメージです。

ただし、顕微鏡的には、膵臓の中には膵管、という非常に細い管があり、しみだした膵液は膵管のなかをとおって腸へ輸送されます。

一番太い膵管は主膵管といわれ、1mm~2mmくらい、病気で太くなっているひとは5mm以上ある人もいます。

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膵臓を手術する場合、ざっくりいって膵臓を真っ二つにすることになります。

真っ二つにした断面はこんな感じ。

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この断面、ほうっておくと膵液が漏れてきてえらいことになります。

どうするか、というと手術の種類でやり方が違います。

 

膵頭十二指腸切除⇒縫って腸とくっつける

膵体尾部切除⇒縫って閉じる

 

というわけで、基本的には縫う、ということになります。

主膵管は、1-2mmと細いですが、あくまで管状の構造なので、昨今の手術技術の向上で、結構安全に縫って腸につけることができます。

しかし、実質(豆腐の断面)を縫う、というのはなかなか大変で、完璧に封鎖することは難しいです。

基本的に、膵被膜(イメージ図黒線でしめした、外を囲んでいる部分、厚揚げの茶色い部分、って感じでしょうか)で実質をつつむようなイメージにするのですが、この被膜はめちゃくちゃ薄くて簡単に裂けます。

 

膵実質を完全にwater-tightに封鎖してしまうのは、現状技術的に困難です。

(厚揚げの断面を縫って、茶色で覆う)

 

また、膵液自体に組織障害性があるので、一度漏れて周りを傷つけだすと、どんどんひどくなってしまう、ということも考えられています。(一度バケツの底に穴があくと空いた穴がどんどん広がる)

 

膵液瘻の発生率が高いのは、だいたい上記のような理由によります。

 

ただしややこしいことに、実は膵液が漏れ出る=膵液瘻ではありません。

膵体尾部切除術においては、実際に全員をCT検査したら、80-90%の患者さんで、何らかの膵液漏れが発生していると考えられています。(先ほども言ったように、膵体尾部切除術の膵液瘻発生率は2-3割)

これには、膵液の”活性化”ということが関与していますが、次項にゆずります。

 

膵液瘻の診断判定の厳しい、甘いについても、長くなってしまうのでこの項では割愛します。

 

最後に、前述のCについて、膵液瘻は危険性が高い患者さんと低い患者さんがいます。

 

種々の膵疾患のなかで、膵臓癌の患者さんは一般に膵液瘻のリスクは低い、と考えられています。

病気に関連して、幸か不幸か膵臓の機能(=膵液を分泌する能力)が低下していることなどがその理由と考えられていますが、疫学的に明らかに低リスクです。

したがって、膵臓癌で手術を受ける場合に、上記の発生率を参考にすると、それはそれで誤解と言えるかもしれません。

 

 

膵液瘻、ビビりすぎはよくありませんが、決して軽んじていい問題ではありません。正しい知識を身に着けて考えてほしいと思います。

 

ご意見などお待ちしております。