膵臓癌治療 外科医の本音

膵臓癌治療 外科医の本音

癌に悩む患者さんにむけた、専門医の正直な気持ち

手術の失敗とは 医療ミスとの線引き

「手術の失敗」 という言葉について、どう思われますでしょうか。

 

他日、手術の成功 という言葉について、感想を書きました。

 

その時も書きましたが、

失敗、という言葉もまた、外科医が患者さんにむけて使うことはまずない。

 

でも、何か難しいことをするときには、成功も失敗もつきものだと思います。

外科医はみんな神様だから、大事な手術では決して失敗しないのでしょうか?

 

もちろん、そんなことはありません。

 

「今日の手術は イマイチ(あるいは失敗)だったな、、、、」と思うことは普通にあります。

(患者さんに、そんな感想を伝える外科医はいないと思いますが、、、志の高い外科医であればあるほど、自分の手術に満足できることは少ないかもしれません)

 

しかし、失敗の定義は、明確には決まっていません。(そこが、訴訟などの際に問題になるところでもある)

 

手術中の出血、ということについて考えてみましょう。

 

おそらく、多くの患者さんは、手術をすれば、血がでるのは当たり前!と思っているのではないでしょうか?

 

実際、大きな手術の前には、経験的に予想される出血量などをあらかじめ患者さんに伝えたり、場合によっては輸血が必要になるかもしれません、などと説明をすることが多いです。

例えば、膵臓の手術の場合、手術をして500mlの出血が予想されます、といっても、だれも驚きません。(実際そのくらい血が出ることはよくあります。)

 

血、というのは血管の中を流れています。

だから、血管を傷つけない限り血はでません。

出血はできるだけ避けたいので、血管が見えたら、血がでないように処置をして、手術をすすめるのが普通です。

 

あやまって不用意に血管を傷つけてしまわない限り、まとまった出血(5cc、10ccというような単位)がでることはありません。

すなわち、外科医にとっては、出血=一種の失敗 ともいえます。

(実際、極めてうまくいった手術では、出血量は測定上0、ということもあります)

 

外科医の個人的な気持ちとしては、つねに出血量は最低を目指して手術すべきと思っています。

(もちろん手術の種類によっては、絶対さけられないものもありますので、これがすべての手術にあてはまるわけではないですが)

 

さて、現状では膵臓の手術で出血量が例えば500mlだったとしても、

患者さんに説明するときに失敗だと話す外科医はいないと思います。

(仮に外科医本人が満足していなかったとしても)

外科医の気持ちとしては、それはあまり違和感のあることではありません。

 

1000mlだったらどうでしょうか? あるいは2000mlだったら?

失敗、と説明することはないでしょう。平均より多いのは間違いないですが。

 

10000mlだったら?(実際、そういう経験もあります)

これはヒトの血液が2回は入れ替わるくらい出血しています。

さすがに、通常な経過や予測される範疇を大きく超えていると思います。

 

担当医は、患者さんやご家族の方に、なぜそのような大出血が起きたのかを事細かに説明するでしょう。

 

しかし、やはり失敗、という言葉は使わないのではないかと思います。

(私も、使いませんでした。そして、そこには本音として、背徳感はありません)

 

出血量、という観点において、明確な合格/不合格のラインはありません。

また出血をするにいたる状況も、(専門の外科医なら総合的に判断しておよその理解はできますが)非常に複雑なので、

 

それがいわゆるボーンヘッドのミス、といえるのか、十分気を付けてやったけど避けられなかったのか、というのは、一律で判断するのは極めて困難です。

 

したがって、とりたてて”異常な操作”がなされていない限りは、たとえ出血量が多くなっても、失敗、とは言わないです。

(もちろん、個人的には、大量出血は失敗の範疇ですし、どうすればよかったのだろう、などと反省するのはあたりまえですが、訴訟などで責められることは違うように思います。)

 

異常な操作、というのは例えば関係ない血管を勘違いで切ってしまったり、とか

関係ない臓器を傷つけてしまったり、というもので

 

これは、ミス・失敗として謝罪すべきものです。(法律的なことは、また別ですが)

 

この違いと外科医の感想、いかがでしょうか?

 

患者さんには許容されるんでしょうか?

 

同じようなことが術後合併症、というのにもいえます。

 

術後合併症、というのは手術後におきるトラブル(たとえば、発熱とか嘔吐とか、お腹の中にばい菌がたまる、とか)のことを指します。

 

順調な経過 の反対言葉が 術後合併症 なので、失敗といえば、失敗ですが

 

これも失敗ということばほぼ使いません。

 

たとえば、膵臓の手術の一つ、膵頭十二指腸切除術、では

色々な論文の結果から判断すると、

なんらかの術後合併症がおきる確率は30-40%くらいあります。(実際は小さいものを含めるともっとあるのではなかろうか)

 

さすがにこれが全部失敗だ!許さん!、と訴えられていたら、治療できません。

実際、いわゆる通常の手術説明をして、手術をして、よくある術後合併症が起きたとき、訴訟になったとしても医療側が敗訴することはまずないでしょう。

 

しかし、外科医の本音、ということでいえば、やっぱり”うまくいかんかったなぁ”という失敗的な感想になってしまいます。

 

手術の失敗と外科医の本音、いかがでしょうか。

ご意見、ご質問をお待ちしております。