膵臓癌治療 外科医の本音

膵臓癌治療 外科医の本音

癌に悩む患者さんにむけた、専門医の正直な気持ち

膵液ろうを知る ②なにが怖いのか

膵液ろうとは

 

膵臓の手術をしたあと、お腹の中に残っている膵臓から膵液という消化液が漏れ出すトラブルです。

 

これが起こると何が怖いのか。

 

膵液、というのはもともと消化液の一種です。

食べたもの(タンパク質、脂質)を分解吸収するために通常は腸の中に分泌されます。

 

これがお腹の中に漏れ出すとどうなるか。

 

人間の体は、たんぱく質や脂質でできています。したがって、簡単にいえば、自分の体がこの液のせいで分解されてしまいます。

 

恐ろしいですね。

 

しかも、(当然ではありますが)膵臓自身も他の臓器と同様、たんぱく質でできています。漏れ出した膵液は、膵臓自身も傷つけて、さらに悪化するという悪循環となり、なかなか治りません。

 

膵液が少しでも漏れれば全部とんでもないことになるわけではありません。

 

もともと膵液の中に含まれるたんぱく質や脂質の分解酵素は、不活性な形で分泌され、腸管の中で活性化される、という仕組みをもっています。

漏れ出た膵液が不活性の状態であれば、それほど影響はないと考えられています。

 

漏れ出た膵液が何等かのきっかけで、活性化してしまうと、周囲を傷つけだすと考えられていますが、このきっかけもよくわかっていません。(細菌などの感染がわるいのではないか、と考えられていますが、はっきりしていません)

 

膵液ろうで、一番重大なトラブルが、膵液が血管を溶かしてしまうことによる大出血です。

膵液によって血管に徐々に傷がついていき、ある段階で急に仮性動脈瘤、という血管のこぶのようなものが生じ、破裂して急に大出血を来します。

手術をしてから1週間以降に起こることが多く、なかなか良い治療方法が少ないため、しばしば致死的になります。(仮性動脈瘤に対する治療については、後日解説したいと思います。)

 

膵液ろうの治療において、一番困るのは、もれた膵液に対してうつ手立てが十分でないことです。漏れ出した膵液を無害化するような薬はなく、基本的にはもれる量を何とか少なくできるようにサポートするような形で病勢を見守るしかない、というのが現状です。

 

膵液ろうの病態理解、治療開発にまだまだ課題が多いことがご理解いただけましたでしょうか。

 

膵液ろうについて、現状ではできるだけ起こさないようにする、というアプローチがとられています。

それは当然大事なことですが、起きてしまった膵液ろうに対する治療法もよりよくなれば、膵臓の手術はぐんと安全になると思います。

 

そのことが、膵臓癌の患者さんの治療戦略にも大きな影響を及ぼす、と考えています。

 

ご意見、ご質問をお待ちしております。

膵液瘻(すいえきろう)を知る  ①発生率

膵液瘻(すいえきろう)

 

一般の人にはまず縁がないこの言葉、

このブログをお読みの方は、ひょっとしたらどこかで聞いたかもしれません。

 

膵液瘻(または膵液漏)というのは、膵臓の手術後の合併症(トラブル)の一つです。

 

よく膵臓の手術は難しい、ということを聞くことがありますが、膵臓の手術が難しいことの最大の理由は、この膵液瘻という合併症の危険性があるからです。

 

膵液漏、という書き方のほうがより感覚的に分かりやすいかもしれませんが、

このトラブルは、手術をしてついた膵臓の傷から、膵液という消化液が”漏れる”ことに起因します。

 

膵液というのは、もともと非常に強力な消化液で、たんぱく質や脂肪といった、食事由来の栄養を分解するのがそもそもの役割です。

 

ヒトの体というのは、そもそもがたんぱく質や脂肪でできていますので、この強力な消化液が漏れてしまうと、漏れた膵液が自分の体の一部を分解してしまって傷つく、というのがこの膵液瘻の正体と考えられています。

 

膵液瘻は、膵臓の手術後、もっとも問題になる合併症と考えられていますので、膵臓の手術を行う前の説明では、この合併症について、必ず患者さんに説明があると思います。

 

膵液瘻が大きな問題である理由は

① 発生率が高い。

 

② 大出血、死亡などの重大な転帰につながることがある。

 

③ いったん起きてしまったら、特異的な治療がない。

 

こんなところでしょうか。ろくなことがありません。

 

というわけで、患者さんにこの合併症の危険性についてくどくどと説明したら、

多くの患者さんはびびってしまって、

 

やっぱり手術やめようかな、、、、 と思ってしまう人もいるかもしれません。

その辺を考慮して、結構あっさり説明する医者もいますし、昨今やかましい医療訴訟のことなども考慮して、本当に厳しく(過剰に)説明する医者もいるように思います。

 

どちらにしても、”膵液瘻”が膵臓の手術において最大の課題の一つであることは間違いありません。この合併症をできるだけ正しく理解することが、膵臓癌治療の理解、ひいては納得いく治療につながると思いますので、特に①、②、③の点について簡単に説明させてください。

 

余談ですが、筆者は外科医ですが、研究活動では特にこの膵液瘻の研究に力をいれています。(ここには自分の信念があります。また説明できたらと思います。)

 

① 発生率が高い

まずは、発生率を知ることが非常に大事だと思います。

一般的には 

膵頭十二指腸切除術で10-20% 

膵体尾部切除術で20-30%

くらい、と報告されていることが世界的にみても多いように思います。

ちなみに私が所属している大きな大学病院(日本人なら誰でも知っている有名な大学だと思います)でも、だいたいこのくらいです。

 

この数字、多いと思いますか?

私はめちゃくちゃ多いと思っています。

 

これでもここ10年くらいでいろいろな治療の進歩があって、だいぶ減っていると思いますが、

昨今様々な手術方法の向上があって、私の所属する消化器外科の領域では、多くの疾患で、通常の予定手術はトラブルなく受けられるのが普通、といった空気感になってきています。(もちろんないわけではありません。術後トラブルが起きたケースでは多くが医療ミス、というのは、全くもってあたりませんので、この勘違いはぜひやめてもらいたいです。お互いのために)

そのなかで、10人に1人以上は、この厄介な合併症になる、というのはかなり高い数字という印象をもっています。

 

この膵液瘻の発生率は、施設によって差があります。大きな病院のHPでは、発生率を紹介して宣伝しているような病院もあります。

 

発生率が低い(高い)理由として考えられるのは

A 手術がうまい(へた)

B 膵液瘻の判定基準が厳しい(甘い)

C 膵液瘻の危険性が高い患者さんが少ない(多い)

 

などの理由が考えられます。Aはだれでも考え付くと思いますが、B,Cの要素なども考えられるのは、知っておいてもよいかもしれません。(そこまで手術前に説明する医者は全国さがしても多分いないと思いますので、、、)

 

いずれにしても、高いか低いかによらず、膵液瘻の発生率まで開示しているような病院は、基本的にちゃんとした膵臓手術のセンターであることが多いので、そういうところで手術を受けることを考えるのは悪くない考えだと考えています。

(多くの病院ではそもそも発生率なんて計算していないと思います)

 

なんで、発生率が高いのか。

 

膵臓というのは、基本的には豆腐のように身がつまった”実質臓器”です。(腸管などの管腔臓器の反対、という意味で)

膵液は、膵臓豆腐(膵実質)からしみだしてくるように分泌されるイメージです。

ただし、顕微鏡的には、膵臓の中には膵管、という非常に細い管があり、しみだした膵液は膵管のなかをとおって腸へ輸送されます。

一番太い膵管は主膵管といわれ、1mm~2mmくらい、病気で太くなっているひとは5mm以上ある人もいます。

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膵臓を手術する場合、ざっくりいって膵臓を真っ二つにすることになります。

真っ二つにした断面はこんな感じ。

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この断面、ほうっておくと膵液が漏れてきてえらいことになります。

どうするか、というと手術の種類でやり方が違います。

 

膵頭十二指腸切除⇒縫って腸とくっつける

膵体尾部切除⇒縫って閉じる

 

というわけで、基本的には縫う、ということになります。

主膵管は、1-2mmと細いですが、あくまで管状の構造なので、昨今の手術技術の向上で、結構安全に縫って腸につけることができます。

しかし、実質(豆腐の断面)を縫う、というのはなかなか大変で、完璧に封鎖することは難しいです。

基本的に、膵被膜(イメージ図黒線でしめした、外を囲んでいる部分、厚揚げの茶色い部分、って感じでしょうか)で実質をつつむようなイメージにするのですが、この被膜はめちゃくちゃ薄くて簡単に裂けます。

 

膵実質を完全にwater-tightに封鎖してしまうのは、現状技術的に困難です。

(厚揚げの断面を縫って、茶色で覆う)

 

また、膵液自体に組織障害性があるので、一度漏れて周りを傷つけだすと、どんどんひどくなってしまう、ということも考えられています。(一度バケツの底に穴があくと空いた穴がどんどん広がる)

 

膵液瘻の発生率が高いのは、だいたい上記のような理由によります。

 

ただしややこしいことに、実は膵液が漏れ出る=膵液瘻ではありません。

膵体尾部切除術においては、実際に全員をCT検査したら、80-90%の患者さんで、何らかの膵液漏れが発生していると考えられています。(先ほども言ったように、膵体尾部切除術の膵液瘻発生率は2-3割)

これには、膵液の”活性化”ということが関与していますが、次項にゆずります。

 

膵液瘻の診断判定の厳しい、甘いについても、長くなってしまうのでこの項では割愛します。

 

最後に、前述のCについて、膵液瘻は危険性が高い患者さんと低い患者さんがいます。

 

種々の膵疾患のなかで、膵臓癌の患者さんは一般に膵液瘻のリスクは低い、と考えられています。

病気に関連して、幸か不幸か膵臓の機能(=膵液を分泌する能力)が低下していることなどがその理由と考えられていますが、疫学的に明らかに低リスクです。

したがって、膵臓癌で手術を受ける場合に、上記の発生率を参考にすると、それはそれで誤解と言えるかもしれません。

 

 

膵液瘻、ビビりすぎはよくありませんが、決して軽んじていい問題ではありません。正しい知識を身に着けて考えてほしいと思います。

 

ご意見などお待ちしております。

 

 

 

 

 

 

 

 

術後補助化学療法とは  手術できたのに抗癌剤いるの??   

術後補助化学療法とは?

 

簡単にいうと

 

手術が無事終わって癌が全部とれたあとに

 

抗癌剤の治療を行う

 

というものです。

 

 

せっかく手術で”治った”のに、なんで抗癌剤??

と思う患者さんも多いかもしれません。

 

しかし、この、術後化学療法は膵癌の治療において、

 

非常に重要な役割(重大な効果)をもつ

 

と考えられています。

 

少なくない患者さんが

 

せっかく手術おわったのに、もう抗癌剤はいやです、、、

 

といって、術後補助化学療法を受けない(ドロップアウトしてしまう)

ことがあります。

 

気持ちはわかるように思います。

 

受けないことも一つの選択肢ではあるのですが、

ぜひ医者がこの治療を奨めている理由を理解して、選んでほしいというのが、

この記事の目的です。

 

術後補助化学療法の目的は 癌再発の防止 です。

 

膵癌治療の手術前のイメージはこんな感じです。

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でっかい癌の本体は、画像検査や肉眼でわかりますが

ちっちゃな〇でしめした微小病変(細胞レベル)は、今の技術ではあるかどうか事前にはわかりません。

 

しかし、膵臓癌においては、多くのケースでこのような微小病変があると推定されています。(理由は極めて高い再発率)

 

手術で切除するのは、点線でかこった範囲になります。

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おわかりでしょうか。

手術で全部とれた! と思っていても、実は癌がのこっています。

 

このようなケースでは、そのまま様子をみておくと、残った癌が再度成長して

 

再発

 

ということになります。

(癌が残っていたらすべて再発するわけではありません。たとえば免疫の力でおさえこまれて、実際には再発しない、ということも期待されます。しかし、、、)

 

主病巣(親玉)がとれて、目に見えない微小病変(子分)だけになっている間に

抗癌剤による絨毯爆撃をしかけて

癌を皆殺しにする

 

というのが、術後補助化学療法の狙いです。

 

術後補助化学療法の一般的なやりかたは

 

手術が終わって1-2か月後くらいから、治療開始

 

飲み薬の抗がん剤TS-1)を6か月間使用

 

というのが日本では一般的です。

(海外では、ジェムザール(ゲムシタビン)、という注射薬が一般的です。細かい内容や違いは後日)

 

この術後補助化学療法は生存率を高めることが科学的にかなり高い確度で証明されており、標準治療として強く推奨すべきであると考えられています。(特に日本では)

 

術後補助化学療法を受けるのは、正直しんどいと思います。

でも、膵癌の性質を考えれば、現段階ではおそらく必須の治療であり、

手術と術後補助化学療法はセットで考えるべきです。

 

膵臓癌の手術をして、術後補助化学療法を受けられなかった患者さんが再発したら、

多くの外科医は やっぱり、、、、と思っています。

(この現状にはかなり忸怩たる思いがありますが、、現実です。)

 

術後補助化学療法をあきらめるくらいなら、

そもそも手術治療をうけるかどうかを考え直したほうがいいかもしれない

とさえ、思います。

 

もちろん、やってみたら副作用がきつすぎて続けられない、というケースはあります。

そういう場合でも石にかじりついてでもやるのがいいかどうかは、(科学的にも)わかっていません。

 

しかし、最初からトライすらしない、というのはあまり妥当な選択枝ではないように思われます。(抗癌剤の副作用は本当に千差万別なので、結構楽に治療できる人もいます)

 

術後補助化学療法に対する外科医の本音はこんな感じです。

どうしようか悩んでいる患者さんは、参考にしていただけると幸いです。

 

ご意見などお待ちしております。

 

 

 

 

 

手術の失敗とは 医療ミスとの線引き

「手術の失敗」 という言葉について、どう思われますでしょうか。

 

他日、手術の成功 という言葉について、感想を書きました。

 

その時も書きましたが、

失敗、という言葉もまた、外科医が患者さんにむけて使うことはまずない。

 

でも、何か難しいことをするときには、成功も失敗もつきものだと思います。

外科医はみんな神様だから、大事な手術では決して失敗しないのでしょうか?

 

もちろん、そんなことはありません。

 

「今日の手術は イマイチ(あるいは失敗)だったな、、、、」と思うことは普通にあります。

(患者さんに、そんな感想を伝える外科医はいないと思いますが、、、志の高い外科医であればあるほど、自分の手術に満足できることは少ないかもしれません)

 

しかし、失敗の定義は、明確には決まっていません。(そこが、訴訟などの際に問題になるところでもある)

 

手術中の出血、ということについて考えてみましょう。

 

おそらく、多くの患者さんは、手術をすれば、血がでるのは当たり前!と思っているのではないでしょうか?

 

実際、大きな手術の前には、経験的に予想される出血量などをあらかじめ患者さんに伝えたり、場合によっては輸血が必要になるかもしれません、などと説明をすることが多いです。

例えば、膵臓の手術の場合、手術をして500mlの出血が予想されます、といっても、だれも驚きません。(実際そのくらい血が出ることはよくあります。)

 

血、というのは血管の中を流れています。

だから、血管を傷つけない限り血はでません。

出血はできるだけ避けたいので、血管が見えたら、血がでないように処置をして、手術をすすめるのが普通です。

 

あやまって不用意に血管を傷つけてしまわない限り、まとまった出血(5cc、10ccというような単位)がでることはありません。

すなわち、外科医にとっては、出血=一種の失敗 ともいえます。

(実際、極めてうまくいった手術では、出血量は測定上0、ということもあります)

 

外科医の個人的な気持ちとしては、つねに出血量は最低を目指して手術すべきと思っています。

(もちろん手術の種類によっては、絶対さけられないものもありますので、これがすべての手術にあてはまるわけではないですが)

 

さて、現状では膵臓の手術で出血量が例えば500mlだったとしても、

患者さんに説明するときに失敗だと話す外科医はいないと思います。

(仮に外科医本人が満足していなかったとしても)

外科医の気持ちとしては、それはあまり違和感のあることではありません。

 

1000mlだったらどうでしょうか? あるいは2000mlだったら?

失敗、と説明することはないでしょう。平均より多いのは間違いないですが。

 

10000mlだったら?(実際、そういう経験もあります)

これはヒトの血液が2回は入れ替わるくらい出血しています。

さすがに、通常な経過や予測される範疇を大きく超えていると思います。

 

担当医は、患者さんやご家族の方に、なぜそのような大出血が起きたのかを事細かに説明するでしょう。

 

しかし、やはり失敗、という言葉は使わないのではないかと思います。

(私も、使いませんでした。そして、そこには本音として、背徳感はありません)

 

出血量、という観点において、明確な合格/不合格のラインはありません。

また出血をするにいたる状況も、(専門の外科医なら総合的に判断しておよその理解はできますが)非常に複雑なので、

 

それがいわゆるボーンヘッドのミス、といえるのか、十分気を付けてやったけど避けられなかったのか、というのは、一律で判断するのは極めて困難です。

 

したがって、とりたてて”異常な操作”がなされていない限りは、たとえ出血量が多くなっても、失敗、とは言わないです。

(もちろん、個人的には、大量出血は失敗の範疇ですし、どうすればよかったのだろう、などと反省するのはあたりまえですが、訴訟などで責められることは違うように思います。)

 

異常な操作、というのは例えば関係ない血管を勘違いで切ってしまったり、とか

関係ない臓器を傷つけてしまったり、というもので

 

これは、ミス・失敗として謝罪すべきものです。(法律的なことは、また別ですが)

 

この違いと外科医の感想、いかがでしょうか?

 

患者さんには許容されるんでしょうか?

 

同じようなことが術後合併症、というのにもいえます。

 

術後合併症、というのは手術後におきるトラブル(たとえば、発熱とか嘔吐とか、お腹の中にばい菌がたまる、とか)のことを指します。

 

順調な経過 の反対言葉が 術後合併症 なので、失敗といえば、失敗ですが

 

これも失敗ということばほぼ使いません。

 

たとえば、膵臓の手術の一つ、膵頭十二指腸切除術、では

色々な論文の結果から判断すると、

なんらかの術後合併症がおきる確率は30-40%くらいあります。(実際は小さいものを含めるともっとあるのではなかろうか)

 

さすがにこれが全部失敗だ!許さん!、と訴えられていたら、治療できません。

実際、いわゆる通常の手術説明をして、手術をして、よくある術後合併症が起きたとき、訴訟になったとしても医療側が敗訴することはまずないでしょう。

 

しかし、外科医の本音、ということでいえば、やっぱり”うまくいかんかったなぁ”という失敗的な感想になってしまいます。

 

手術の失敗と外科医の本音、いかがでしょうか。

ご意見、ご質問をお待ちしております。

 

 

 

 

 

 

 

手術の成功 外科医の本音

ドラマでよくある

 

手術は成功しました!

 

これって、どうなんでしょうか。

 

医療現場はテレビドラマなどの題材としてよく取り上げられます。

そこでは、手術が終わって、このようなセリフをよく目にします。

わかりやすいし、かっこいいからでしょうか。

 

手術の成功、外科医にとってはとても分かりにくい言葉です。

 

私は、手術は成功ですか?と患者さんやご家族に聞かれたとき、

(手術終了時の説明で、しばしばこう聞かれることがあります)

 

成功 とか 失敗 とかいう言葉は基本的に使いません。

 

「予定通りにいきましたよ」

 

とか

 

「トラブルなく終わりましたよ」

 

という風にはよく説明します。

 

手術の成功、ってなんだとおもいますか?

 

患者さんにとっては、手術は膵癌治療の手段ですので、

成功は 病気(今回は膵癌)が”根治”することかと思います。

(手術が安全にトラブルなく終わるのは当然必要として)

 

外科医にとっても癌の根治こそが、手術の”成功”だと私は思うのですが、”根治”といえるかどうか、手術が終わった段階では実は何とも言えません。

 

”根治”って何だと思いますか?

 

癌の治療をして、その後5年、10年して、何の治療もなく、再発の所見もなく、元気にしている

 

これはある種の”根治” と言っていいのではないかと思います。

 

”根治切除” という言葉があります。

 

手術をして、癌を跡形もなく(顕微鏡レベルでも跡形もなく)、取りきることです。

(きちんとした定義も一応あります)

 

”根治切除” ができたかどうかは、手術終了時に、ある程度のめどがついていることが多いです。

 

というわけで、”根治切除”ができた、という意味で、成功という言葉を使う外科医もいると思います。

 

しかし、次のような患者さんが残念ながらおられます。

 

”根治切除”を受けることができた。手術後3か月の検査では、癌は跡形もなく消えているようで、治っています、と言われた。

6カ月後の検査では、 肝臓に影があって、再発だと告げられた。

(さらに残念なことに、こういったケースはそんなに少なくはない)

 

これって、根治でしょうか??

 

私にはよくわかりません (というか多分違うんだろうと思います。)

 

他の癌では、”根治切除” を受けられたら、高確率で再発しないものが結構あります。(例えばごく早期の胃がんでは、何らかの形で根治切除を受けられたら95%以上治るといわれています)

 

しかし、膵癌は根治切除を受けられたとしても、60%-80%の患者さんが、再発を経験しているようです。(そして、残念ながら膵癌で亡くなっている)

 

したがって、手術後に、順調に”根治切除”ができたとしても、のちの再発率を考えると、成功、という言葉は安易に使えるものではないように思っています。

 

(冷たい事実ばかり並べたてて、むやみに患者さんを不安にしてもしょうがないので、安心させてあげたいという思いで、成功、という言葉を選ばれる外科医もたくさんいると思います。この言葉の使用を否定するものではありません。)

 

膵癌に関して、根拠をもって「私が根治切除をした、といったら絶対再発しません!」なんていえる外科医は世界中に一人もいません。

そんな人がいたら、現実世界では、詐欺師です。

(ブラッ〇・ジャックでもいわないでしょうが、大〇未知子ならいうかも、、、)

 

膵癌の再発率の高さの他にも、

手術の成功、ということばを患者さんの質問に対してすぐ返せない理由があります。

 

こういう質問が来るときは、だいたいが手術直後か、次の日くらいです。

 

手術には、”術後合併症” というトラブルがあります。

(注 いわゆる医療ミスとは違います。別記事で説明します)

 

これは、手術直後に起こるよりは、むしろ数日してから明らかになるケースが多いです。

 

外科医にとって、もっとも悩みの種なのが、この術後合併症、と言っても過言ではありません。

 

膵臓の手術で、術後合併症を今まで一度も経験したことがない、あるいは絶対に何も起こさない自信がある外科医も、普通はいないと思います。

(いるとしたら、よっぽど自信家か、ほとんど手術をやったことがないか、、)

 

手術の直後、あるいは次の日くらいに、成功しましたよ!、と説明しても、後で合併症などでよからぬ状態になってしまうかもしれない、、、(そしてそれは術後翌日の段階では通常十分にはわからない)

 

そういう”恐れ”を私のような平凡な外科医は持っています。

 

一回元気になって退院してしまえば、そのあとで明らかになる合併症は、それほど多くはありません。

退院時には、おおむね手術という治療プロセスが順調に経過したことがわかるので、成功したよ、と言ってあげられるかもしれませんが、そのころは患者さんも元気になっているので、あまりそういったことが疑問になることはありません。

 

手術の成功、という言葉に対しての外科医の本音、  

患者さんにはどう聞こえるんでしょうか?

 

ご意見、ご質問をお待ちしております。

 

 

 

膵臓癌 腹腔鏡手術はいいの?

腹腔鏡手術 というのをご存知でしょうか?

お腹に小さな穴をあけて、そこから高性能カメラや、マジックハンドみたいな道具をつっこんで手術を行うものです。

 

傷の小さな手術

体にかかる負担が小さい手術

 

など、メディアでは、先端的な良い治療としてたびたび紹介されているように思います。

 

一方、膵臓癌の従来の手術は

開腹手術(お腹を大きく切ってする手術)

で行われてきました。

 

ここで、問題です。

腹腔鏡手術と開腹手術、どっちがいいの?

 

以下は個人的な見解です。

現時点では、おおむね開腹手術のほうが間違いない。

将来的には、腹腔鏡手術(またはロボット手術)がおすすめになるんではなかろうか。

 

ここからは、その理由です。

 

膵臓の手術には切り取る場所に応じて、2種類あります。

膵頭十二指腸切除(PD)と 膵体尾部切除(DP)です。

(違いは他記事参照ください)

 

どちらについても、腹腔鏡下手術は保険収載をされていますので、ある程度認められている治療です。(保険収載されたのは、特にPDはごく最近です)

 

しかし、膵癌に対する腹腔鏡下手術は

膵頭十二指腸切除術は保険適応外

膵体尾部切除術は条件付き保険適応

(2019年4月現在)

 

保険適応外、ということは、普通の治療ではないし、もしどうしても受けたければ実費か研究でどうぞ、ということです。

 

なんででしょうか。

 

実は、膵臓の他の病気に対して手術を行うのと、膵臓癌に対して手術を行うのでは、

 

手術の名前が同じであったとしても、全然違う手術

 

というのが、膵臓手術に携わる外科医の感想です。

(端的にいうと切り取る範囲が大きいのです。後日説明します)

 

膵臓癌に対する手術は、他の疾患(腫瘍)に対する手術よりも

難易度が高いとされているため、

膵癌の腹腔鏡下手術はまだ発展途上

という段階と言えると思います。

したがって、手術を受ける病院によっては、まだ十分に手術の質が確保されていない可能性があります。

 

上述の保険適応の状況も、これらのことを踏まえた学会の勧告・意見に従ったもののようです。

 

開腹手術は、これまでに十分検討が尽くされ、様々な工夫や注意点などが確立されてきた術式ですので、腹腔鏡下手術とくらべれば、施設間のばらつきも少ないし、いわゆる達人も多いです。

 

というわけで、膵癌の手術を受けるとすれば、

現時点では、おおむね開腹手術のほうが間違いない。

と、思います。

 

でも、現実には、膵臓癌で腹腔鏡下手術を受けられる患者さんもいます。

そういう人はだまされているのでしょうか?

 

必ずしも、そうとはいえません。(医者は患者さんをだましはしない、はず)

 

腹腔鏡下手術のメリットとは?

 

患者さんにきくと、最初に書いたように

 

傷が小さい という答えが多く帰ってくる印象です。

 

これは価値観の問題ですが、私は、膵臓癌の手術(というか癌手術全般)において、

 

傷の大きさってそんなに大事ですか?

 

と、思っています。

だって、命がかかっているんですよ?

それも治療がうまくいかなければほぼ100%死ぬ病気です。

(たしかに乳がんなどでは、重要なのもわかる気がしますが、、、)

 

この感想は、正直いって、結構多くの癌治療医に共通する感想だと思います。反対の人もいるでしょうが、、、

 

外科医(そして患者さん)にとっての腹腔鏡下手術の真のメリットは、全く別のところにあると思います。

 

その最大のものが  拡大視効果 であると思います。

 

なんだそれ??と思うかもしれません。

 

読んでそのまま、でっかく見えるということです。 

でっかく見える、ということはよく見える、ということです。

実は腹腔鏡下手術では

非常に高性能のカメラ を使います。

肉眼で見るよりも非常に微細な構造までよく見えます。

(開腹手術をするときも 拡大鏡 といって、手術専用の眼鏡をつかいますが、それよりもさらに拡大されてよく見えます。)

したがって、より細かく丁寧な手術ができるんです。

ロボット手術も腹腔鏡手術の延長(+アルファもたくさんある)でおなじようなメリットを持っています。

 

胃がんや、大腸がんの手術では、もはや腹腔鏡手術が当たり前になっていますが、これも傷が小さいからではなく、この拡大視効果にもとづく精緻な手術に多くの外科医が共感、賛同したからです。(残念ながら明らかな生存率向上には結び付いていませんが)

他にも気腹による出血量の減少、癒着の低減など様々な効果もあります。

 

今でも、多くの外科医、そして病院が、胃がんや大腸がんなどの手術時に、傷が小さい手術ですよ、といって患者さんに腹腔鏡手術をすすめているようですが、明らかにそこは(悪意はないけど)だましトークな気がします。(本当に行うべき手術と思っているが、それをすすめる理由は傷が小さいからではない)

 

体にかかる負担が小さい手術、という宣伝文句もあります。

 

これは、ある意味正しいように思いますが、そもそも

体にかかる負担、ってなにをさす言葉なんでしょうか?(これは長くなるので後日)

 

ともあれ、腹腔鏡下手術には、上述のような潜在的メリットがあり、

 

現在でも状況によっては

そして将来的には多分確実に

 

膵癌に対して推奨される手術になるだろうと思っています。

 

(私は腹腔鏡手術の普及は外科学にとって本当に革新的にすばらしいことだったとおもっていますので、また後日触れられたらいいなと思います)

 

しかし、現状では

多分開腹手術を受けておけばおおむね間違いない

腹腔鏡手術を受けるなら、病院とか医師をよくよく調べて受けるべき

 

というところだろうと思います。

もちろん開腹手術でも、病院によっていろいろ差はありますので色々調べて受けるべきです。

 

ご意見、ご質問をお待ちしております。

 

一口に手術といっても、内容によって危険度・術後は違います。

膵臓癌です。外科医に手術をしましょう、と言われた。

 

このブログの目的は、患者さんにできるだけ能動的に治療を選択してほしい、ということなんですが、手術のことを知らないと、考えようにも考えられないですよね。

 

もちろん各患者さんには、担当医から細かい説明があるはずなのですが、

なかなか面と向かっては言いにくい”本音”というのがあるので、そこのところをお伝えできれば、このブログの意義があるのではないかと思います。

(その分私個人の偏見が入る可能性はあります。ご了承ください)

 

膵臓癌の手術って、おおきくわけると

 

2種類あります。

 

膵頭十二指腸切除術(PD) 

         と

 膵体尾部切除術(DP)

 

です。

 

どっちも膵臓を切ることに変わりはありませんが

 

手術のリスク・手術後の生活の質

 

は、やる側からすると結構違う感じです。

 

(もちろん内容が全然違うからなのですが、その細かい内容を小難しく説明したサイトはたくさんあるので、そちらを読んでください)

 

手術のリスクについて

 

膵頭十二指腸切除術 > 膵体尾部切除術

 

と考えるのが一般的だと思います。

 

手術リスクを死亡率だけで考えるのは極めて問題があると思いますが、

わかりやすいので例をあげてみます。

 

日本全国集計での死亡率

(手術を受けたあと、何らかの理由で退院できずに死亡する可能性)       

 

膵頭十二指腸切除術 2.11% (127/6027)

膵体尾部切除術   0.99% (18/1813)

                (日本消化器外科学会データベース2009年度調査報告より)

 

これだけみても膵頭十二指腸切除術のほうが多少危険、というのがなんとなくわかるかもしれません。

 

個人的には、いろいろな理由で膵頭十二指腸切除術のほうが危険、という意見には賛成です。

 

また、患者さんにとっては、死亡リスクうんぬんよりも

 

術後の回復、術後の生活の質 がけっこう違う印象です。

 

膵体尾部切除術のほうが、回復が早く、生活の質の変化も少ないです。

 

平均入院期間、ということでみても最近の欧米の大規模試験では

 

膵頭十二指腸切除術  2週間くらい

膵体尾部切除術  5日くらい

 

日本でもざっくりいって

 

膵頭十二指腸切除術 2~3週間くらい

膵体尾部切除術 1週間~10日くらい

 

(欧米のほうが入院期間が短いからといって、あちらが優れているというわけではありません。保険制度の違いなどいろいろありますので、、、日本のほうが、総じて死亡率など低く、成績もよい印象 ひいき目かもですが)

 

理由は簡単にいえば、

 

膵体尾部切除術では膵臓しか切らない脾臓もとるんですが、生活にはほとんど関係ありません)

のに対して、

膵頭十二指腸切除術では消化管も切る(十二指腸、胆管などを切ったりつないだりします)

 

このため膵頭十二指腸切除術のあとの患者さんは、ごはんが一時的になかなか食べられなくなることが多いです。

(特にトラブルがなくても、食事量は減ることがおおいです。元通り食べられる人もいないわけではないですが)

 

膵体尾部切除術の患者さんも、一時的に食べられなくなることはありますが、2-3か月もすると、特にトラブルなどなければ元通り食べられる人が多いです。

 

この食事の違いが、結構入院期間に効いているように思います。(もちろんそれ以外にもいっぱい原因はあります)

 

どちらの手術においても、特に食事制限などが厳しいわけではない(基本的に食べてはいけないものができるわけではない)ので、

術後の食事の違いについての説明は、あまり重要視されていない印象ですが、

(そもそもPDとDP,どっちの手術にしますか、なんて提案することはまずない)

 

受ける患者さんからすれば、術後の食事は生活の質にかかわる大問題だと思いますので、手術を受ける、受けないの判断をする際にPDかDPかを聞いて、考える一つの判断事由になるのではと思います。

(死亡率が1%だ、2%だ、といわれてもピンとこないと思いますが、ごはんが普通に食べれる、少し食べづらくなる可能性がある、といわれると何となく違いがわかりませんか?)

 

個人的には、膵体尾部切除術なら、たとえご高齢の患者さんであっても、結構積極的にすすめたいと思っています。

一方で、膵頭十二指腸切除術の場合は、特にご高齢の患者さんの場合は、その適応は慎重にすべきだと思っていて、それは前述の死亡率のことよりも、術後の生活の質が保てるか、という観点が重要だと思っています。

 

というわけで、今回のまとめですが

 

膵臓の手術には二種類ある (膵頭十二指腸切除 膵体尾部切除)

 

膵頭十二指腸切除のほうが若干危険といわれている

 

膵頭十二指腸切除術をうけると、術後食事で苦労することがあるが、膵体尾部切除術では普通に食べれる人も多い

 

あえてアバウトな説明にしていますし、データにもとづかない部分も多く、ご批判もあるかと思いますが、

 

ご意見、ご質問などお待ちしております。