手術をする前に 術前治療ってなに?
膵臓癌です。手術をすすめます、といわれた。
(この記事では手術という言葉を根治的な手術、という意味で使用しています 根治的でない手術もたくさんあるので、それは後日)
多くの論文で、手術は、すい臓がんにとって唯一根治のチャンスがある治療である!と堂々と書いてあります。
確かに抗がん剤や放射線治療だけで根治にいたる可能性はかなりすくないです。
手術で根治を得る患者さんはそれとくらべると随分多いです。
というわけで、手術をすすめます、と担当医に言われたら、
膵臓癌のなかでは、まだましな状況と思って差し支えありませんし、ぜひ前向きに考えてほしいと思います。
(膵臓癌の患者さんのなかで、初めて診断された段階で、手術ができる患者さんは20%前後ではないかと考えられています。)
ただし
手術をうける前に、患者さんに考えておいてほしい、知っておいてほしいことが山ほどあります。受けてからでは、もう手術前にはもどれません。
全部一気に説明するのは無理なので
まずは、手術治療をすすめられる膵癌について、簡単に分類を説明します。
すべての膵癌は、外科医の視点では
①Resectable(切除可能な)膵癌
②Borderline Resectable(切除できるかぎりぎりの)膵癌
③Unresectable(切除不可能な)膵癌
の三つに分類されています。
いわゆるステージ、というのとはすこし違います。
名前を見たらわかるように①⇒②⇒③の順で悪い状態です。
手術をすすめられたとしたら、多くの場合、その患者さんの状況は少なくとも①とか②だろうと思います。
①のがんの場合、すぐに手術をすすめる病院が現状では多いように思います。
Resectable膵癌(①)に対しては、予後が良好なため、非手術療法より外科的治療を行うことを推奨する <推奨の強さ 1 エビデンスレベル B 合意率 100%>
となっており、手術治療を行うこと自体はあまり異論がないところのようです。
(私も、基本的に異論ありません 予後が良好かどうかは疑問ですが)
ただし、いきなり手術を行うべきか、というと実は議論の余地があります。
このガイドライン作成時点では、まだ標準治療としては、記載されていませんが、
手術を行うにしても
術前治療 (今回のポイント)
というものがあります。
これは、
先に抗がん剤や放射線などの別の治療をしておいて、そのあとに手術をする方法
です。
いわゆる集学的治療、とよばれる最近の考え方で、どんどん研究がすすんでいる分野です。術前治療には、いろいろな利点と欠点が考えられますので、一概にやればいいとはいえる状況ではありません。(詳細はまたの機会にゆずります)
最近、国際学会(ASCO-GI 2019)で、①の膵癌に対する術前抗癌剤治療、その後の手術の結果が 日本から(これ、実は重要) 発表されました。(Prep02/JSAP-05試験)
まだ論文化されていないので、詳細はわかりませんが、ざっくりいって
術前治療をしたほうが、すぐに手術をするよりも生存率がよかった。
というのがその試験の結論です。
膵臓癌の治療の臨床試験はいくつもありますが、この試験は性質上、比較的強い根拠となることができる試験と考えられていますので、今後の膵臓癌治療に大きな影響を与えそうな試験です。
手術前に抗がん剤と放射線治療を両方行う研究もいくつかの大学で行われています。
②の膵癌に対しては、①の膵癌と比較して、より積極的に術前治療が適応されることが多いです。
(よいかどうかは明確な根拠はまだありませんが、②については現状では何か術前治療をしたほうがいいのではないか、と専門家の多くが思っているようです)
実は③の膵癌でも、術前治療(といえるかどうかはかなり微妙ですが)を行って、高い効果が得られた場合では手術を行うような病院・医師もあります。
(ただし、それがよいのかどうかは、全く明らかとは言えません)
現状では術前治療を提示されないから、といって、その先生が間違い、ということではありません。(そもそも現時点では標準治療ではないからです)
ただし、術前治療というものがあることをしらないと、そもそもそんな疑問は普通患者さんからはわきません。
担当医が膵臓癌の治療に詳しいかどうかを見極める意味で、術前治療について、どう考えているかを聞いてみるのは一つの良い手段かもしれません。
というわけで、この記事で覚えてもらいたいのは
仮に根治的手術治療をすすめられて、受けようとおもったとしても、そこには
いきなり手術をするか、術前治療をするか
という選択肢がある、ということです。
現在の主治医から術前治療を提示されなかったとしても、自分で調べた結果、どうしてもその治療を受けてみたいならば、やっている病院は結構ありますので、紹介してもらう、という方法があります。
術前治療もいいことばかりとは必ずしもいえませんので、受ける場合もメリット、デメリットをよく理解して受けるとなおよいと思います。
個人的には、術前治療はすべての膵癌手術治療において、これからスタンダードになっていくのではないかと思っています。
ご質問、ご意見をお待ちしております。
免疫療法の是非
膵臓癌の標準治療における選択肢は
はっきりいってこの3つが主軸です。(積極的治療ではありませんが、疼痛管理・症状管理などの緩和治療も立派ながん治療なので、それを加えるなら4つ)
<免疫療法> は?
現時点(2019.4)では標準治療の選択肢ではありません。
(たとえば、有名なオプジーボは、これまでのところ、多くの人に効果が十分でなかったようです これからもそうかどうかはわかりませんが)
免疫療法について、先日、本庶先生のお話を直に聞ける機会がありました。先生もおっしゃるように、免疫療法は、そのメカニズムを考えても、
21世紀のがん治療の中心となるべき、素晴らしい治療
だと思っています
が、いかんせん現時点では具体的に膵臓癌に効果の証明された薬や、投与方法がありません。(証拠がない)
したがって、現在膵癌に対して免疫療法を実施するとすれば
なんらかの研究として
実施されるべきだと思います。
免疫療法は、すい臓がんに絶対に効かないというわけではありません。
また、効果ある免疫療法を開発していくのは我々の使命だと思っています。
新しい治療にかけてみたいと考え、研究に協力してくださる患者さんの気持ち、
その研究を実施する研究者の気持ち
には大いに賛同できる部分があります。
(それがなければ、治療成績は永久に現状のまま
そして、いまの研究の進み具合だと、遠からずすい臓がんに効く免疫治療が開発されるかもしれません。)
しかし、その大事な気持ちと今治療をうけて実際に効くかどうかは、別の話です。
新しい治療だからといって、これまでの治療より優れている可能性が高い、と考えるのは、患者さんが非常によく陥る誤った考え方です。
新型家電製品は、たいてい旧型よりも機能面で優れているように思いますが、がんに対する治療薬は必ずしもそうとはかぎりません。
新しい治療は、必然的にそれについての情報がまだ少なく、予想とは異なる結果(それがよいものにしろ、悪いものにしろ)が出る可能性がありますし、効果があるという証拠が積みあがっていないことが多い。
既存の治療は、いろんな臨床試験や、実臨床のなかで、いいところがある、と生き残ってきた薬なので、信頼性という意味では高いです。
新しい薬についてのニュースは劇的に効いた患者さんが取り上げられることが多いので、それに強く期待するのは当然なのですが、
みんなにそんなに効くのなら、すぐに標準治療になります。
(日本政府は気前がいいので)
ただし、では既存の治療をうけていればいいのか、というと、既存の治療の成績はお世辞にもよいとはいえません。
仮に新しい免疫療法など、すい臓がんについて研究段階の治療を提示されたら、
標準治療と新しい治療について十分理解したうえで、どちらかを選んでください。
治療を受ける場合は、(免疫治療だけではなく、すべてのがん治療について)
100人中何人くらいに有効と思っていますか?
その治療をすすめる根拠は?
と聞いてみてください。
それが、自分の思っているのと大きく違うようなら、あるいは、根拠が怪しいようなら、少し考え直したほうがいいかもしれません。
勘違いしてほしくないので強調して書きます。
私は新しい治療方法を否定したいわけでは決してありません。
私も新しい治療方法を探求している医者・研究者の一人です。
われわれ医者にとって、患者さんは
たくさんおられるすい臓がんに悩む患者さんの一人ですが、
患者さん自身にとっては唯一の存在です。
ぜひ自分がこれから受ける治療の現状を十分知ったうえで、選んでください。
そうでないと、所期の効果が得られなかったときに、深く後悔することになります。
ちまたには、怪しげな宣伝で、追い詰められたがん患者さんをあつめ、高額な治療費をとってくいものにしている(ように私たちには見える)やからがいるようです。
そういうところに行ってしまう患者さんは、おおむね癌について真剣に悩んで、考えている人が多いようです。
標準治療・保険医療が必ずしもその患者さんにとってベストとは限りませんし、宗教的なもので救われる方はたくさんいると思いますが、十分にしらずにそういう選択肢を選んで、あとで後悔するのは、私としてはやめてほしいな、と思っています。
具体的な治療についての解説をかくにあたり、
外科医なのに 免疫治療 を最初のテーマに選んだのは
そんな気持ちがあります。
ご質問・ご意見をお待ちしています。
標準治療ってなに? スーパー治療があるのか?
標準治療
という言葉をご存知でしょうか。
ざっくりいって 普通の治療 という字面ですが、
この言葉をまず理解してもらうことが、治療に納得するうえで、極めて重要です。
定義めいたことを書くなら
標準治療とは、科学的根拠に基づいた観点で、現在利用できる最良の治療であることが示され、ある状態の一般的な患者さんに行われることが推奨される治療をいいます。
(国立がん研究センター 紹介HPより)
という感じがいいのではないかと思います。
科学的根拠に基づいた観点 で、とあります。
<科学的根拠>というのは、おおむね過去の臨床試験や、関連論文の存在を指しています。
ここ10年以上、重要とされている考え方で、
Evidence Based Medicine (EBM)
という言葉が念頭におかれています。(直訳すると 根拠 にもとづく 医療)
なんでその治療がいいと思うのか、とだれかに聞かれたときに、
この論文(臨床試験)が根拠だ! と言い張れるようにすべき、というものです。
私は、この考え方(EBM)は、好きです。
EBMはまったくもって完全というわけではありません。
(いつかEBMについても考えを詳しく書きたいと思います。
よく対義語としてExperienced based medicine(経験にもとづく治療)という言葉が使われます。ベテランの先生が、以前治療した何人(何百人)の患者さんかでうまくいった、みたいな感じで治療方針をきめていく場合にこの言葉が否定的な意味で使われていることが多いですが、それにも一理あると思っています。)
このブログの記事は、すべてEvidence based medicineの立場に則った、記載をめざしています。理由は、不特定多数の人を相手にした場合に、それ以外の方法では 科学的に正しい方法で、治療方法の是非を議論することができないからです。
話がそれましたが、多くの病院(ほとんどの有名市中病院)で、このEBMに基づく立場での治療が(実際に実施されているかどうかは別として)目指されていて、大学病院などの研究機関はこのevidenceを確立することを目的として日々の研究を実施しています。
つぎに、標準治療は
現在利用できる最良の治療であることが示され、
ある状態の一般的な患者さんに行われることが推奨される
というわけで、基本的には 普通の治療 ではなくて、ベストの治療、という意味です。
(医者はベストをつくすのが、標準)
標準治療があるなら、より治療効果の高い、金持ちむけの
スーパー治療、プレミア治療があるのか、というと
現時点では、膵癌については、それはありません。(少なくともEBMの観点では)
どんなに金持ちでも、偉人でも、膵癌でなくなる患者さんがいるのが、医療の現状です。
しかも、今の日本の医療制度では、どんな患者さんでもこのベスト治療であるところの標準治療を、比較的妥当な金銭負担で受けられるように、政府が計らってくれています。(これは、日本の医療の最もすごいところ 将来維持できるかは別として)
したがって、患者さんが治療を考えるときに、まず重要なのは、
自分にとっての標準治療がなにか
そして提示されているものとどのような違いがあるのか
を理解することだと思います。
このブログでは、様々な場面での標準治療と、そうでない治療、両者の功罪を説明していくことを通じて、患者さんにとってのベストな治療を考える手助けとしていきたいと思います。
(すべての患者さんにで標準治療が必ず最適、というわけではないと思いますので。)
ちなみに、この標準治療、膵癌については<膵癌治療ガイドライン>、という形でまとめられており、ネット上で無料で閲覧できます。(書店でも買えます)
ただ、基本的に私のような専門医が利用することを考えて書かれているので、一般の患者さんには少し難しいかもしれませんが、より深く勉強したいということであれば、見て見られることをおすすめします。
ご意見、ご批判をお待ちしております。
膵臓癌の治療をわかってほしい このブログの目的
このブログは、
一般の方(医者ではないかた)に
膵臓癌の標準的な治療をわかりやすく説明すること
そして、治療についての外科医の本音を伝えること
を主眼としています。
このブログをつくった目的は
半分は ”がん治療にかかわることになった患者さん、そのご家族・ご友人” のため
半分は ”自分” のため
(なぜ自分のためなのかは最後で、、、)
あなたは 膵臓癌 です と言われたとき
多くの医師は、(日常業務として)落ち着いて事実を伝えます。
ほとんどの患者さんにとって、そういわれることが ”日常” なわけありません。
ひどくショックをうけ、そのあと何を聞いても、上の空になるのは、ある意味当然。
(多くの場合、続きは進行度、推奨される検査や、治療方針の説明になるでしょう)
癌の治療は、少なくとも今のところ、理屈っぽく、ある意味単純ともいえます。
でも、患者さんにとっては十分複雑で、わけがわからないものです。
多くの医者は、いろいろ手を尽くしてわかってもらおうとしています。
でも、たぶんそれはできていません。少なくとも十分ではない。
我々外科医は、その患者さんに最適の医療を提供したいと思い、10年、20年の修練を積んで、勉強して、その治療を選択・提示しています。
一般の患者さんに、1時間説明して、それが最適だとわかってもらえるか、納得してもらえるか、私は不安に思っています。
(説明にかける時間は、病院・医師によって、千差万別です。私は、外来では、大事な話でもせいぜい10-20分くらいしか説明していません。入院されたり、特別に時間を取れた場合に、しっかり時間をとって説明するようにしていますが、それでも現実的には1時間くらいが限度と思っています。)
患者さんは、病院に来られるかたはみな、自分にとって”ベストの治療”を受けたいのではないでしょうか。
”ベストの治療” のなかみは、患者さんの状態・希望・考え方によって様々です。
しかし、私が唯一患者さんみんなに共通して必要、と考えているのは
その治療方針を理解・納得しているか
ということです。
治療は、毎回望む結果が得られるとは限りません。
むしろ、望まない結果になることも少なくありません。
(膵臓癌の5年生存率は全体でおおむね10%前後とよく言われます。これは、すい臓がん、といわれて、仮に全員がなんらかの治療に回ったとして、10人中9人が最終的に膵臓癌でなくなった、という意味に近い。)
だからこそ、患者さんには、納得して、その時点でベストの選択枝を選んでほしい
と私は希望しています。
納得していようがいまいが、治療の抗腫瘍効果は、たぶん、かわりません。
だけど、治療の満足度、は絶対に変わります。
命にかかわる問題なので、人生に対する満足度にもかかわるかもしれません。
多くの外科医が、少なくない場面で「先生を信じています。先生におまかせします。」といわれます。
はっきりいって、これはある意味間違っていません。
結局具体的な作業(手術・投薬など)を行うのは、医者なので、このように伝えれば、具体的な治療は、非常にスムーズにすすむことがおおい。
ただ、治療のことを、何にも知らない、考えない、全部おまかせ、というのはやめたほうがいいと思っています。
その時その時の患者さんの”希望”によって、ベストな選択肢が変わりうるからです。
そして、その希望は、言わなければわからないし、治療のことを理解していないと、どういう”希望”をするのがよいかもわかりません。
また、そもそも「おまかせします」という相手(医者)が、自分にとってベストな医者か、というのが治療をうけていくうえで、かなり大事です。
日本に、外科医は約40000人いるらしいです。(日本外科学会 会員数より)
あなたの目の前にいる医者があなたの膵臓癌治療にとってベストな確率は
0.0025%(1/40000)ではありませんが、99%、ということはないかもしれません。
(感覚的には、50~70%くらい?? 根拠は全くありません。)
正直にいうと、多分患者さんにできる膵臓癌治療選択の最大のものは、主治医えらびだろうと思っています。
それは、なにも日本一の膵臓癌名医をさがせ、ということではありません。
(ごく一部の人にとっては、それが正解かもしれません)
自分の病状を理解し、選択できる治療を理解し、それが提供できる場所(医者、病院)をさがす、ということだと思います。
このブログは、すい臓がん治療とむきあってくれる患者さん、家族さん、友人のかたのために書きはじめました。
(多分そういう方でないと、このブログにはたどりつきません)
そういう患者さんの治療を担当させてもらうのは、我々外科医にとって、非常にやりがいのあることで、私の生きがいにもなっているように思います。
このブログが自分のため、というのは、すい臓がん治療を理解してくれる患者さんが増えることが自分のためになっている、という意味です。
(自分のところに来る患者さんをふやそう、とかいう趣旨ではありません。そもそも匿名ですし。)
長文になりましたが、このブログが治療の理解に少しでもお役に立てればと思います。
すくなくともまどわせて不利益をあたえることのないよう、
できるだけわかりやすく
正確な
そして嘘のない情報
を記載することを重要視します。
(特に最後は重視したい。そのことが自分の勉強にもつながると思っています。)
ご意見・ご批判をお待ちしております。
自己紹介
Elly26
職業 消化器外科医 専門領域 膵臓癌
200X年 京都大学医学部卒。卒後しばらく消化器外科医として勤務。
ここ数年は臨床業務の傍ら、膵臓癌をはじめとする膵臓疾患に対する治療の研究にとりくんでいます。
標準的な方法で(標準的治療方法、倫理指針を重視している、という意味で)
膵臓癌治療にとりくんでいる外科医です。突飛な治療はしません。
資格
外科専門医、消化器外科専門医、がん治療認定医 など
所属学会
日本外科学会、日本消化器外科学会、日本肝胆膵外科学会、日本膵臓学会、
IHPBA (International hepato-pancreato-biliary association) など